◆付゛録゛◆

街で見かけたものたべもののこと、なるほどねーと思うことなどをつらつらと書いています。
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ある日の出来事

石垣島の旅2012 : 書けるかな

久々のブログ投稿。
3つくらい前の記事が昨年行った石垣島の旅について。4日間行ったのに2日目までしか書いていないという有様。

実は今年も石垣島へ行ってきた。昨年同様3泊4日。ということで、今年こその思いを込めてブログを久々に書いてみる。
昨年は1日毎にまとめようとしたから、途中で息絶えてしまったので、今回は小刻みに単発ネタを書いてみようと思う。が、果たして続くかどうか。

何はともあれ、ずっとお天気だったのがよかった。前後とも1週間ずれてたら台風に巻き込まれたな、って時期。東京で出てる豪雨警報を横目に夏を満喫できた。

細かいネタをポツポツ思い出したようにアップしてこうと思う。

2012-08-29 21:06:10 写真1

石垣の旅2日目

8月の夏休みに行った石垣島の旅2日目。

この日は高速船で日本最南端の波照間島へ渡った。次の日に行こうかと思ったのだが、次の日はムシャーマという島のお祭りが島民総出で行われる関係で日程を変更したのだ。お祭りといえば観光資源かと思いきや、ここでは観光客を相手にできない日なのだ。

西表島経由で80分ほど。速いけど結構揺れる。シートベルトが必要。ちょっと酔った。地元の人の物資を運ぶためにも使われているようだ。

波照間のレンタサイクル屋さんで電動自転車を借りる。民家の物置でやっているような店構えがいい感じ。

島内を回り始める頃に雨が降りだしてしまった。「みんぴか」というお店でかき氷を食べていたが、雨が強いので昼ごはんでカレーライスも食べる。かわいい缶バッジや絵ハガキもあるので買ってみる。

雨も弱まってきたので、最南端の郵便局でハガキをだした後、日本最南端の碑を目指す。
途中、ところどころにヤギがいて、しばし撮影タイムとなる。小さい島かと思っていたが意外とアップダウンもあり、電動がない自転車だとキツそうだ。

最南端の碑付近からは広々とした海が見えて癒される。

その後は反対の北側にあるニシ浜へ。遠浅の綺麗な海岸。この辺の海の色の綺麗さはなんなんでしょうか。雨が降っていたのが残念。

商店などは昼休みを取るので注意が必要。
しかもお盆の時期だからやっていないところも多い。

石垣島に戻ってからは、予約しといたまぐろ専門居酒屋ひとしに直行。まぐろのお寿司が絶品。トロ、赤みももちろんだが、炙り、シソ鉄火巻き、海ぶどうの軍艦巻きなども旨かった。
他にも石垣牛炒飯、ラフテー、フーチャンプルーなど食べて満腹。

その後アーケード街のお土産屋さんや、街道沿いのスーパーを見てホテルへ戻る。

石垣の旅1日目

8月、久々に夏休みの旅行らしい旅に行って来たので記事にしてみる。石垣島への旅。

出発の10日くらい前に急に決めたのだが、宿やレンタカー、オプションツアーなども無事取れた。荷造りは相変わらず前日夜中にバタバタだ。

石垣空港へ着き、レンタカー屋へ連絡するとすぐに迎えに来た。事務所に送ってもらうと、砂利の駐車場に小さなプレハブがあるだけのところ。まあ、こんなのも、らしくていいね。軽自動車でホテルへ向かう。

今回泊まったのは軽井沢倶楽部ホテル石垣島。リゾート感のあるところにしたかったのだ。スタッフさんはみんな親切でサービスもいろいろあり。フレンチの夕食やネイルがサービスで付いてくるのにはちょっと驚いた。部屋も広くて屋外ジャグジーつき。

少し落ち着いてから、車で出かける。
夕陽のスポットのサザンクロスゲートブリッジを渡り、しばし海を眺める。

離島ターミナルの場所を確かめた後、これまた夕陽スポットのアイス屋ミルミルを目指す。ここは、アイスもうまかったのだが、小腹が減って頼んだハンバーガーがめちゃくちゃ旨かった。これで400円は安すぎ。

残念ながら雲が多く、夕日はイマイチ。

街に戻って石垣牛のステーキを堪能して1日目終了。

松本の旅

しばらく前のことだが、5月の連休を利用して、長野の松本方面を見てきた。急に思いたったのでノープラン。本当に当日の朝、電車と宿とレンタカーを予約した。

・新宿からスーパーあずさで向かう。
・松本駅に着いてやっぱり信州そばだろう、ということで近くの蕎麦屋に入ってみる。薬味に大根おろしが出るのがちょっと特徴的だ。
・宿からぶらぶら街を歩いてみる。カエルがマスコットの、「なわて通り」という川沿いの通りはなかなか情緒ある通り。小さいながらも様々なお店が軒を連ねる。
・松本城が近いので行ってみる。現地に行ってから知ったのだが、NHK連続テレビ小説「おひさま」の舞台ということで、観光客が多く訪れているらしい。入城するのに結構待ち時間があるので、外から眺めるだけにしておいた。
・夕食には松本らーめんという店のスープ酒粕を使ったラーメンを食べてみた。郷土のお雑煮の応用だ。なかなか旨かった。体があったまる。あとは居酒屋で馬刺しと地酒をいただいた。
・次の日はレンタカーを借りる。あいにくの雨模様。標高2000m近くにある美ヶ原高原美術館まで行ってみると、道端には凍った雪が積もっている。霧が深くかなりの暴風吹きすさぶ中だったので、庭園は見られず。アモーレの鐘を聞いている場合ではなかった。
・諏訪湖方面までいく。諏訪大社を参拝してから温泉に入りたくなり、「すわっこランド」へ行ってみた。プールなども付いた施設。諏訪湖が見渡せるお風呂で、サウナ、洞窟風呂、露天風呂などを堪能。
・松本までの帰り道も雨。道の駅などによりながらのんびり走る。着く頃にやっと晴れてきて、見事な虹を見ることができた。
・もう一杯くらい信州そばを、と思ったが、いい具合に電車があったのでそのまま帰る。

まあ、電車に乗って遠くに出かけて、うまいもの食って、ドライブして、温泉でのんびりして、という希望は全てかなえられた。

久々にブログ:まずは大震災から

ブログもご無沙汰になってしまった。連休もあったので少し落ち着いて書いてみる。

書こうと思っていることはいろいろあるのだが、まずは東日本大震災に触れておく。大した情報はなく長いが自分メモ代わりに。

・3月11日の14時46分。会社の自席でメンバーと話していた時。汐留のビルの4階。体験した事のない大きな揺れが起きる。ただならぬ雰囲気。対岸のお台場方面で火災が起きて黒煙があがった。
・すぐに社内で安否確認やら各拠点の状況確認がなされる。電話が通じない中、メールは普通に使える状況にいろいろと感じる。
・電車が止まり、帰宅はどうするかという状況。結果的には夜遅い時間に地下鉄が動いたため、難なく家に帰り着く。
・金曜日はまだことの重大さがわかっていなかった。土日にテレビで見る津波の様子に額然とする。
・茨城の実家の様子がわかったのは土曜日の昼。とりあえず無事であることに安心する。
・土日にある程度の防災グッズを揃える。電池や懐中電灯、水などはさすがに品薄になっていた。とはいえ、テレビやネットで見る悲惨な状況と普段とあまり変わらぬ近所の様子のギャップを感じたり。
・日曜の夜に電力不足の問題がニュースに。「輪番停電」「計画停電」という聞いたことのない言葉がテレビで飛び交う。実施内容のわかりにくさに混乱する。
・月曜日は早目に会社へ向かう。やはり鉄道は混乱。出社できない人達も多くいた。節電のため照明を落とし、停電に備えて早目に帰宅するという状況。通常通りの業務は困難な一週間。
・地震直後からTwitterが活躍したのは言うまでもなし。連絡を取り合うだけでなく、情報の共有に役立った。「拡散希望」という文字が有名人のツイートにも目立つ。RTと公式リツイートの議論が展開いされたのも印象的。
・テレビも報道特番が終わってからもしばらくはL字表示が続く。枝野さんの会見、原発の状況を知るためにテレビをつけておく日々が続く。
・学生時代の友人など東北出身者が多く、避難生活になっている人もいた。とりあえずの無事がわかったのはなにより。
・会社で被災地支援の活動があり、参加することに決める。仙台と牡鹿半島を往復する生活が一週間続いた。途中、海の近くを通る時に生で見る瓦礫の山には気が遠くなる思い。ただ、出会った被災者の方は日数が経っているからか比較的明るい表情をしている人が多かったのが印象的。この人達のために自分は何が出来るのだろうと考える。
・一時的に食料品がスーパーからなくなった。必要以上に買い込んでしまうのも仕方のない話だ。停電生活の可能性、放射能汚染、何を備えておけばよいか戸惑うことが多くありすぎた。
・「自粛」という言葉も多く聞かれた。マスコミが逆に煽り過ぎ?と思うこともあった。
・余震がけっこう続いた。緊急地震速報が続き、落ち着かない日も度々あった。
・「がんばろう日本」の「がんばろう」は諸外国ではどう解釈されているんだろう、と思ったり。

で、5月に入った今。

・東京では電車も普通に動き、停電もなくなり、テレビ番組もいつも通りの普通の生活。余震も少なくなった。いろんな意味で復旧が早い一方、これでいいのかと言う思いもよぎる。会社の業務もいつもどおりなのはいいが、こんなことしている場合なのか?とも。
・各企業で災害対策、事業継続などの検討もされたことと思うが、徐々に熱が冷めてきた頃かもしれない。どんな災害のリスクをどれだけ考えておくか、に正解はない。
・復興のための予算と原発が当面の話題。東電や菅内閣への批判が大きい。信頼回復には相当な時間と労力がかかる。
・夏の電力は如何に。節電を煽り過ぎて熱中症の死者が増えては元も子もない。電力の配分、労働のあり方を大胆に変えていかないといけない時がきているのかもしれない。

中国に行ってきた その12

00367cb5.jpg上海の浦東空港にて。

片隅に置いてあったのが写真の「防爆罐」。爆弾処理用の缶?この文字で検索しても中国語のサイトばかり出てくる。

ということで、こんな写真だが今回の中国行きのネタはひとまず終了。

中国に行ってきた その11

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建設中の建物が多い、というのは前に書いた。中でも目に付いたのが、竹のようなもので足場を組んでいる工事現場だ。

日本であれば全部鉄パイプで組そうなものだが、写真のように今でも竹などの材料で囲われた現場をいくつか見かけた。

中国に行ってきた その10

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上海はもうすぐ万博。街のあちこちでマスコットの「海宝(ハイバオ)」を見かける。泊まったホテルの前にもいた。

幹線道路もライトアップされていたりと、万博を迎える準備が着々と進んでいるようだ。

帰り道、高速から万博会場の工事の様子が見えた。下の写真は中国館。他にもユニークな形のパビリオンが並んでいる。急ピッチで進められているこの工事。現地の案内の人もちょっとカタコトで「コウジ、イソイデヤッテイマス。」と言っていた。

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中国に行ってきた その9

a8f59052.jpg上海の楽しみのひとつがリニアモーターカー。空港から街中近くへ走っている。

これに乗りたいがために、旅行会社が気を効かせてつけてくれた空港からホテルまでの送迎を断った。

中国語で「浮磁」と書く。雰囲気が出ている。

乗り込む前に空港のような荷物のセキュリティチェックがあるのが特徴だ。

出発するとグングンスピードを上げていく。さすがに揺れがなく滑らかに走っている気がする。

車両の入口部分にスピードメーターがついている。100キロ、200キロと数字が上がっていく。そして300キロ。かなりいい感じだ。と、思っていると、そこで数字がピタリと止まる。

どうも時間帯によっては300キロまでしか出さないらしい。ということでそのまま終点まで。わずか10分弱の体験だった。

今後はもっと路線が延びるらしい。また乗る機会はあるかどうか。

中国に行ってきた その8

77202360.jpg今回の中国は大連と上海へ行ったので、中国国内移動が発生する。南方航空の飛行機を使った。

空港の出発ゲートからバスに結構な時間乗ったところに飛行機が待っていた。バスからタラップに乗り込むまでも、やっぱり列を作るということをしない中国人。

機内で日本語アナウンスがないのもなんかちょっと淋しいが仕方がない。

機内食が出たのだが、これまた馴染みのない料理だ。冷えたアルミパックに入ったものがついていて、見た目の雰囲気で羊羹のような甘いものかな?と思って最後に取っておいた。袋を開けたら中身がキムチのような漬物だったのにはまいった。

客室乗務員にも笑顔は無し。無事に上海へ辿り着けて何より。
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